|
|
![]() |
|
|
サイトマップ |
|
<カンボジアの歴史1> |
|
|
<古代>
中国の書物によると、1世紀ごろほぼ現在のカンボジアの
インドと中国の中間地点にある水路の要衝に
6世紀には、カンボジア国家の起源とみなされている国、
この国は扶南の属国であったが、7世紀には扶南を
インド文化の影響を受けサンスクリット文字を
しかし、ジャヤーヴァルマン1世の死後、 |
|
|
<中世>
ジャワ王国からの独立は、ジャヤーヴァルマン2世(802年 - 854年)により行われた。
1113年、スールヤヴァルマン2世が即位し、国内を統一、チャンパや大越国へ攻め入った。王国の範囲は、タイ中部、
スールヤヴァルマン2世死後、王位を巡り争いが続いた。さらに1177年には、チャンパの大軍が都であった
1181年、チャンパに遠征していたジャヤーヴァルマン7世(1181年 - 1220年?)が帰国し、即位した。
また、ジャヤヴァルマン7世は、国内に102箇所の病院と主要街道に宿場を建設し、庶民の生活も重視した。
13世紀にはいると元の侵攻が始まり、後半からは、アユタヤ王朝の侵攻が始まった。当時のポニャーヤット王は、
その後、首都は転々とし、現在のプノンペンのあるチャドモックに遷都した。 |
|
|
サイトマップ |
|
|
Copyright (C) 2005 Asia&Tabi All Rights Reserved |
|